エリ
僕の彼女はとても可愛い。
だけど、顔だけだ。単純明快に言うと、バカなのだ。
僕は、彼女の顔が好きなのか。
そうじゃない。それは、本当。
じゃあ、何が好きなのさ。
脆さだ。
彼女が持つ、危うさ。
それはバカ故なのだ。
「私ね、いつも付き合った人につまんないって言われてフラれちゃうの」
そりゃそうだと僕は納得はするけれど、嫉妬はしない。
だって、彼女と歩けばほとんどの男が振り返るけど、それくらい彼女は可愛いけど、一度口を開けばバカが露見して、顔で選んだ男ですら、去って行く。
でも、彼女はそのことに気付かない。
僕はそれが不憫だと思う。
そしてそんな彼女が可愛いと思う。
「ねえ、どうしてそんなに優しいの?」
僕があげたシュークリームを噛みながら抱きついてしゃべる。
食べるのか、抱きつくのか、しゃべるのか、どれかにして欲しいなあと思いながら僕の肩に当たる彼女の綺麗な顎の感覚に酔いしれる。
「今度の誕生日、本をプレゼントするよ」
「嬉しい。でも、文字ばっかりは嫌よ? 挿絵がたくさんあるやつがいいな」
「絵本だから、大丈夫」
「それなら、私眠くならないね」
きちんと僕は約束通り誕生日に絵本をプレゼントした。
飼い主を失う犬の話。
彼女はそれを読んでとても泣き、なぜ泣いているのか自分でもわからないと泣いていた。
だけど、僕に「悲しいの」と言った。
僕は彼女が可愛い、と感じる。
「今度、映画でも観に行こう」
「本当? 嬉しい」
約束通り、僕らは映画館で待ち合わせをする。
僕はいつも彼女より遅く行くと決めている。
男の目にさらされている彼女を見るのが好きだからだ。
別に可愛い人を自分の彼女として連れ歩いて優越感に浸りたいわけじゃない。
男達の視線に彼女は全く気付いていない。何にも興味がない。自分にも、男にも。でも、そんな彼女が僕を見た瞬間、満面の笑みで抱きついてくる。その瞬間が僕の全てだ。その瞬間が欲しいから、僕は今日も待ち合わせに遅れて行く。
趣味が悪い? そうかもね。
彼女は映画も苦手だ。
物語を把握する前に物語が進んで行ってしまうから。
だから僕はいつも映画を観終わった後に食事をしながら解説をする。
それはそれは噛み砕いて、時々絵を描いてみたりして。
「ねえ、どうしてそんなに優しいの?」
「エリのためだよ」
「どうして?」
「好きだから。好きな人が一人ででも生きていけるように」
「どうして、一人になるの?」
今日の彼女はとても質問をしてくる。これもきっと、彼女が少し進んだ証拠だ。
「いいかい? 恋愛っていうのはいつか、終わるんだ。僕らはもしかするとそのまま結婚するかもしれないし、しないかもしれない。結婚したからって永遠を手に入れたわけじゃないんだ。もし、エリが一人になったとしたら、生きていける?」
彼女は少し考えた後、曖昧に笑った。
わからない時の顔。
危うい、と思う。
壊れないようにしなくては。守らなくては。
「ね。だから、いつ離れ離れになったとしてもエリが笑って生きていけるように、僕が賢くしてあげるから。大丈夫だよ」
どうして僕はずっと一緒にいるよと言ってあげられないのだろうか。
自分に問いかけてみても、それこそ僕の中の僕が曖昧に笑っている。
そんな僕の気持ちを彼女はきっと理解できないだろう。
だって、目の前の彼女は泣いている。それは、悲しいからじゃない。
「私、頑張る」
ほらね。
ずっと一緒にいてよって言わないのはわかっていた。
彼女がそこまで頭が回らないことくらい、わかっていた。
だけど、ちょっとだけ悲しかったのは僕だけの秘密だ。
エリ。僕らが過ごす毎日は永遠じゃない。最後の日まで僕はエリが大好きだから、安心して賢くなるんだよ。
まあ、僕はバカでも好きだけどね。




